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2004年8月19日(木) |
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レギスタン広場にあるシール・ダール・マドラサ |
モスクを眺めながら昼食 |
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フロントで朝食券をもらいに行った。フロントの女性は朝鮮系の女性で外見はまるっきり韓国人だ。スターリン時代に朝鮮系の人々がこの地域に強制移住させられてきた関係で、街中でよく朝鮮風の顔立ちの人を見かける。しかし彼らはロシア語を話し、おそらく韓国語は話せない。彼らが市場でキムチを売っていたりするのは不思議な光景だ。
3人で朝食を済ませてから観光へ出かけた。観光は1人だとやる気が起きないので助かる。ホテルから歩いてスタートし、まずはグーリ・アミール廟へ。ここでティムールの墓を見学。1941年にソ連の学者たちによって墓が開かれて、ティムールの右手右足が不自由だったことが確かめられたそうだ。ソ連はすごいことをするなあと思う。続いては早くもハイライト、有名なレギスタン広場へ。ここの建築物はどれも大きく迫力があった。記念写真をたくさん撮る2人につられて、めずらしく記念撮影を連発してしまった。ミナレットの形やタイルの装飾も良いが、やはり特筆すべきはその大きさだと思う。
ピビ・ハヌム・モスクはティムールの死後3年して完成したのだが、19世紀に地震で崩れてしまった。中は廃墟で天井が落ちてきそうで恐かった。ここの目の前がバザールになっていて、バザール内でモスクを眺めながらブロフ(ビラフ)を食べて、今度は丘沿いの道を歩いてシャー・イ・ジンダ廟へ向かった。ここには20近い霊廟が建てられており、それらを左右に見ながら通りを歩いて奥のクサムの廟ヘ行くのは、じつに雰囲気があってよかった。そこから墓地へ抜けて地元の人の葬式を眺めつつ丘の反対側へ。スコップをかついだ男性たちがまさに今埋めてきたという感じで歩いてきたのが印象的だった。最後にサマルカンド歴史博物館にフレスコ(壁画)を見に行ったが状態が悪くて残念。暑いなか遠くまで歩いてきたのに。
帰りはタクシーというかヒッチハイクでホテルヘ。この国では一般の人でも気軽に乗せてくれてしかもタクシーより安い。朝は通勤のためにヒッチハイクする人であふれている。バスが不便なのかもしれない。ホテルに着いて飲み物を買おうとうろうろしていたら怪しいおじさんに声をかけられ、住宅地の奥に連れていかれた。そこはペンションで、部屋はとてもきれいだった。もう3時だったがペンションへ移動することにして、ホテルと交渉して超過料金はなしで済ませた。ペンションは3人で25$。ホテルより安く快適だ。
2人が自転車で散歩して帰ってきてから近くのカフェでロシア料理を食べた。高かったがおいしかった。楽しくてウズベク製のウォッカを飲みすぎてしまった。1人で300ml飲んだ。明日は二日酔い間違いなし。あ〜あ。 |
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