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2004年8月14日(土) |
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ようやくタシケントを出発する。今日の目標はカザフスタンの飛び地の手前までの80km。サマルカンドまで300km弱なので、そんなに急がなくても細川夫妻との合流には間に合いそうだ。久々に登場の穴虫メモによれば宇都宮夫妻はこの飛び地内の30kmほどの道路を問題なく通過したようだ。何とか通れるだろう。ちなみに穴虫タンデム隊は食中毒の影響でこのあたりを走っていないので、メモは宇都宮さんの記載。
ルームメイトと握手をして別れ、私と入れかわるようにホテルハドラへやってきた日本人と雑談した後に出発。もう9時近い。外はかなり暑くて少しいやな感じ。アゼルバイジャン大使館近くのカフェで朝ご飯を食べ、おみやげにサモサをもらった。ウズベクの庶民は本当に人がいい。感謝。予想通りどんどん暑くなり38度まで気温が上昇。途中で農村の子供に手伝ってもらいながら昼寝の場所を確保して1時間爆睡。復活してしばらく走りカフェで遅めの昼食をとった。暑くて出発する気にならず、長イスで2時間も昼寝。とどまるところを知らず。起きたら3人組の客に声をかけられて宴会にまじり、一緒になって昼間からウオッカを飲んでしまった。茶碗4杯。けっこう飲んだ。この時に聞いた話ではビザなしでカザフの飛び地を抜けるのは厳しそうだった。行けるか試してみたい気持ちもあったが、「カザフの警官にボコボコにされるぞ」みたいなゼスチャーをされて迂回することに決めた。ああ、50kmの遠回りだ。タンデムの宇都宮夫妻はカザフのマルチビザがあったのだろう。さすがだ。
50km距離が増えたのでゆっくりしていられない。完全にできあがった3人に絡まれながらも何とかカフェを脱出。ポリスチェックでは「空手の鈴木」と連呼する警官につかまった。みんなちゃんと仕事しなさい。
結局80km過ぎで辺りが暗くなり、道路に面しているさびれた工場の敷地内にテントを張らせてもらうよう頼んだ。ところが入ってみてびっくり、そこは消防署だった。破れたシャツをはおって太鼓腹丸出しのおじさんが歓迎してくれた。おんぼろの消防車が2台あるものの貯水槽は空だし制服はないし、大丈夫なのだろうか。ただしみんなとても親切な人で夕飯をご馳走:てくれ、私がテントに入ったあとはそっとしておいてくれた。ベテラン消防士の「運転(出動)するからウオッカは飲まない」という言葉がとても素晴らしく思えたのはここが旧ソ連だからだろう。 |
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