シルクロード日記:中国
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 天候:曇り時々雨,砂嵐  最高高度:1120m
最高気温:28度 終点高度:1094m
最低気温:22度 終点緯度:40.30.34
走行距離:126.1km 終点経度:79.19.90
走行時間:8時間45分 宿  泊:飯店
終着地 :阿恰勒 宿泊代 :10元
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2004年7月18日(日)
怪しくてごめんなさい  中国チームと記念撮影
怪しくてごめんなさい 中国チームと記念撮影
悪い予感は当たる。ゴーグルが大活躍した一日だった。朝から風が強かったが斜めから押される感じで、しばらくは風にのって走った。例によってオアシスが終わって乾燥地帯が始まる。ますます風が強くなる。空は曇っていて涼しいのだが、この強風よりはまだ暑さの方が楽だ。風にのって大きな砂粒が宙を舞う。スキー用のゴーグルを持ってきて本当によかった。しかしいくらゴーグルをつけていても向かい風には変わりないわけで廃墟を見つける度にそこで休憩した。

途中、沙井子という小さな町で昼食をすませて食堂の奥で寝ていたら、中国人サイクリストの一行がやってきた。北京からイタリアのヴェニスまで走るということで、サポートカー3台、総勢10人以上の団体だった。自転車を3台みたが、1台が仏式バルブだったので中国で買ったのかと聞いたところ、日本から取り寄せたと言われた。やはり中国では買えないのか。何か困っていないかと言われ、前輪のクイックレバーが無いのを相談したところ、彼らもレバーの予備は持っていなかった。しかし、車の屋根に旗を固定しているボルトを外してきて、それを使ってしっかりと締めてくれた。今までの応急処置よりはましだ、助かった。おかけで旗は1本減ったが。
彼らと一緒に出発したが付いていけない。向こうは空荷だ。しかも自転車1台ごとにサポートカーがつき、横を走って風避けになってくれる。私のツーリングとは雲泥の差だ。走りながら握手をしてお別れ。彼らはパキスタン入国日が決まっているので急いでいるとのこと。3人(全員男性)の走行者の中で一番若い彼に「You are hero.」と言われて救われた思いがした。

その後も強風が続き、しばらく地元のウイグル人のお兄ちゃんと並走していたが、疲れたので先に行ってもらった。そしてようやく着いた次の集落では商店の漢人のおじいさんがめちゃくちゃ親切で、「日本朋友」と呼びかけられ、食事をすすめられ、昼寝をさせてもらった。すでに90km走っておりこの町に泊まろうかと思ったが、明日のことを考えて35km先の町まで走ることにした。これが運命の分かれ道だった。
町を出てからますます風が強くなり、砂嵐が始まった。50m先が見えない。車はみんなライトをつけて走っている。しかも向かい風なので全然進めない。廃墟で休んでいるとウイグル人のおじさんがバイクでやってきて少し話した。このおじさんは嵐がやむまで行くなと言ったが、日没までに町に着きたいので出発。この嵐ではテントはきついので宿を見つけたい。途中で、トラクターを止めて休んでいるウイグル人が泣きそうな顔をしてナンをくれ!!ニ言ってきたが、恐くて逃げてしまった。だって自転車を引っ張るから。そんなこんなでなんとか到着。町の明かりが見えたときはホッとした。

宿を見つけてまだあいている食堂へ連れていってもらい、一息ついた。しかし、この宿はうるさくて大変だった。私が着いた時にはこの飯店はすでに賭場と化していたが、その後もずっと騒ぎは続き、私の部屋に入ってこようとする奴までいた。疲れているのに付きあってられん。内鍵のある部屋でよかった。しかしそのせいで部屋を閉めきって蒸し暑い夜を過ごした。
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