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2004年10月10日(日) |
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同宿者から朝餞別にコーヒーをもらった。タンザニア産でとても香りがいい。トビリシで日本人旅行者と色々な話をしてずいぶん気分がリフレッシュできた。「シラゼの家」のお母さん(おばあさんではなく)は評判通りヒステリックだったが、慣れてしまえば居心地のよい宿だし、すぐに慣れた。
さて天気は晴れとおり絶好のサイクリング日和。さわやかに出発・・・したのはよいが直後にトラブル発生。バックミラーを調整しようとしたら根元から取れた。とりあえずミラーをポケットに突っ込んですぐに復帰。嫌なことは忘れて気持ち良くトビリシの街を走り抜ける。郊外への抜け方は昨日バスでムツヘタへ行った時に覚えたので問題ない。しかし向かい風がきつい。上り自体は軽めなのになかなか進まない。交通量が多く排気ガスがきついのでつらい。クラクションや口笛での呼びかけはアゼルバイジャンと同じく少なめだ。
トビリシからムツヘタまでの20kmほどは店が多く、カフェはもちろん、モーテルもあった。しかしムツヘタを過ぎるともうカフェはなく、持参の食料に頼るしかない。パンやチーズなどをたっぷり用意してきたので助かった。休憩しながら進み、しだいにゴリが近づいてきた。今日ゴリに着くのが目標だったが全く問題さなそうだ。景色はいいのに交通量が多過ぎる状況が続いたまま走行距離80kmで午後5時頃にゴリヘ到着。
あのスターリンはこのゴリで生まれ育った。町の中心にはスターリンの大きな銅像がある。これは世界で唯一、公的に保存されているスターリンの銅像らしい。道を尋ねながらバスターミナルまで行ったがみんな人がいい。しかしバスターミナルの安宿は断られてしまった。つぶれたのか?それとも日曜バザールで宿泊客が多く満室なのだろうか。教えてもらってたどり着いたホテルバレンシアは70ラリ(1ラリ=60円くらい)、インツーリストは40ラリ。どちらも高すぎる。インツーリストは地元の人は20ラリと言っていたぞ。怒って、この町のホテルに泊まるのはやめることにした。
公園にはスターリンの生家が保存されているが、中には入れず外から見るだけだ。併設の博物館は時間が遅くて入れず。しかし第二次世界大戦でドイツが降伏文書に調印するのに使われた列車の車両は見学できた。これも中には入れないが。これだけ見ればもういいだろう。町で夕飯を食べてから郊外へテントを張ることにする。
カフェヘ入ったところ、おばちゃんが優しい人で心が和んだ。ピザ1枚を平らげてから、3ラリ支払い。店員さんの家に3〜5ラリで泊めてもらうという話もでたが結局ダメになり、見送られて店を出た。自転車で郊外に戻って上の林の中にテントを張った。まだ8時だが外は真っ暗だ。今はフリースを着ると汗ばむくらいだが、今夜はどのくらい冷え込むのだろうか。 |
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