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2004年6月9日(水) |
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嘉峪関関城を眺めながら走る |
トラックに乗せてくれた2人 |
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長い一日だった。
朝チェックアウトの時、多めに押金(デポジット)を返された。多いぞと説明したけれど分かってくれない。昨日受け付けた人が間違えたのかもしれない。結局そのまま受け取った。中国でもこういうことがあるんだなあ。
今日は敦煌へ向けて発つ。穴虫メモによれば補給ポイントが極端に少なく、食堂はおろか商店も数少ない。穴虫隊は道路管理事務所の宿直室に泊まったらしい。ついにテント泊か。
昨日タクシーの中から眺めて道を覚えていたので迷わずに国道312号に復帰。いつも312号だと飽きるなあ。スタートしてまもなく気づいたが今日はとてつもない追い風。しかも天気は曇り。平地では風に押されて、ブレーキをかけないといつまでも進みそう。標高1950mまでアップしたが、いつの間にか越えた感じ。そこから先は下り中心で25km/hオーバーを維持。私の脚力からすればこれはとてつもなく速い。なかなか昼食をとる食堂がなくて、なんと昼食までに100km以上走ってしまった。このあたりは国道沿いというよりも、国道から少し入ったところに町があるので要注意。そのせいで赤金鎮を通りすぎて昼食が遅れた。昼食は玉門鎮の手前のGS隣の食堂で。
理由は知らないがここのおばさんがヒステリーを起こした。雄叫びをあげて表へ飛び出し、隣の車修理屋からトラックのタイヤを転がしてきて、ドスンとものすごい音を立てて倒した。そしてその上に座って泣いている。トラックのタイヤを猛然と転がす姿が忘れられない。
玉門鎮はとても大きな町で、町へ入らなくても国道沿いに宿も含めて何でもそろっている。ここを過ぎるとまた補給が厳しくなる。この時点で125km走っていたが、50km先の旅社を目指すことにする。今日は追い風、曇り、下り中心と好条件がそろっているので攻めるしかない。しかし156km地点でビッグイベントが...。
目当ての旅社まであと20kmというところで、停車中の大型トラックの運転手に声をかけられた。まさしく休憩中といった感じで、ワイパーにパンツが干してあった。ウルムチを目指していて2日かかるという。乗って行けよなどと冗談を言われて笑っていたが、どうも本気のようだ。大型車の助手席もよい経験と思い、宿まで乗せていってもらうよう頼んだ。ところが結局は100km先の安西まで乗せてもらうことに。完全自転車横断を期待していた人、ごめんなさい。というわけで今日は大移動の1日になった。
つかの間のヒッチハイクはやっぱり面白かった。3台編成だったらしく、残り2台が合流。これを30分以上待っていた。そして出発。私の乗ったトラックともう1台はドライバーが2人、残り1台は3人乗っている。運転しないドライバーは後ろで横になって眠っている。しかし車が揺れる、揺れる。体が何度も宙に浮いた。後ろで熟睡しているのが信じられない。道路はつぎはぎだらけで全く避けきれない。舗装路でこれだから工事中の道なんか大変だろうな。乗り心地は自転車の圧勝。ところで、車内でカセットテープをかけるのだが、日本語の曲もあった。しかし歌っているのは明らかに中国人。日本人として売りだしているのではないかと心配してしまう。中国語なまりの「津軽海峡冬景色」を聴きながら砂漠を眺めていると、何だか不思議な気分になる。さて、途中で3台とも停車してみんなでスイカを食べた。これはメチャクチャうまかった。1人だったので手が出せなかったがやっとスイカを食べれた。いいことは続く。ドライバーの1人がアクス在住で、連絡先を教えてくれた。再会が楽しみだ。
国道312号の安西への分岐点で降ろしてもらい、3~4km走って中心部へ。日没には何とか間に合いそうだ。中心部はけっこう小じんまりとしていてとてもきれい。招待所も含めてホテルがいっぱいあった。その中で「水利賓館」と宿泊交渉。水道局関係だろうか、水まわりのよさそうな名前だ。実際、お場は出るし、部屋はとてもきれいだしバッチリだった。めずらしく単間があった。ビジネスマンが泊まるのだろうか。朝所持金が増えたことだし、60元で泊まることにした。スーパーも品ぞろえが豊富で、小さいけれど妙に整った町だった。
ヒッチハイクで逃したものももちろんある。安西までの途中に奇岩群があるのだが、車内からでは撮影できず。また、途中に湖があり、魚料理を出す食堂があるのだが、これも食べれず。当然の代償といったとこうか。 |
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